2026.07.06 社長日記
1976年、社長・松本晃幸の父である松本英清が、尼崎市金楽寺町で松本電建株式会社を創業しました。当時、松本晃幸は小学5年生。事務所は、お好み焼き店の跡地を活用した建物で、2階は住居スペースとなっていました。当初は電気工事業だけでは安定した収益を得ることが難しく、喫茶店を営みながらの船出でした。
事業はその後、少しずつ軌道に乗り、西長洲町に事務所を新築。1980年代後半にはJR尼崎駅北側の潮江に移転し、3階建ての自社ビルを構えるまでに成長しました。最盛期には約15名の社員が出入りし、売上高は7億円に達します。
しかし、その歩みは決して平坦なものではありませんでした。主な取引先は中堅ゼネコンで、支払いの多くは手形決済という厳しい取引条件。競合する電気工事会社も多く、好況期には事業が拡大する一方、不況期には価格競争が激化しました。さらに、バブル崩壊や取引先の倒産が重なり、回収不能となった手形は総額で数億円に及びます。
会社の存続が厳しさを増す中、松本英清は自主廃業を考えるようになりました。それを受け、松本晃幸は「廃業するくらいであれば、自分が継ぐ」と決意し、2005年に松本電建株式会社に入社。松本晃幸はそれまで、2社での勤務を経験した後、トライアスロンに打ち込みながらフリーターとして働き、その後は個人事業主として活動するなど、家業とは異なる道を歩んでいました。30代半ばで事業承継への道を歩み始めます。
そして2008年、株式会社電建を設立。当初は事業継続を見据えた体制の再構築という位置づけでしたが、この決断が現在の電建へとつながっていきました。