2010.12.16 社長日記
先日所属する団体(企業経営者の会)のディスカッションで、「あなたの転機は?」「そしてそれにより得たものは?」というのが有りました。
私はかなりハチャメチャな人生?なのでその「転機」は人より多いような気がします。
ちょっとお話しすると
一つ目の転機は
「トライアスロンとの出会い」
でした、私は小学2年生から父の影響で剣道を始め結局大学まで続けました、その時までの私の人生はいわゆる「長男坊」=「跡継ぎ」というレールの上にのった人生でした、今思うと「努力」とは何か?知らないままに育ちました、そして父は剣道の「師匠」でもあり喧嘩をしたこともありませんでした。
大学卒業後に電気の勉強をするために電気の専門学校へ進学しました、そこでひょんなことをきっかけに「トライアスロン」と出会いました。
クロールで50m泳ぐことが精いっぱいの私が初のレースは水泳1Km自転車40Km、ランニング10Kmショートタイプのトライアスロンに出場しローカル大会とはいえ400人中9位に入賞しました、剣道では万年補欠の自分が力を発揮することができた、というより努力するという意味を初めて体験した出来事でした。
しかし、父はぼくがトライアスロンを優先して東京の建設会社に就職することを知ると「激怒」初めて父親に楯ついて喧嘩をしました(笑)。
二つ目の転機は
「阪神大震災」
です、私はこの震災で「死ぬかもしれない」という経験をしました、わたしはその時こう考えました「いつ死んでもいいように人生を生きよう」。そう思うと居てもたってもいられずに勤めていた会社を退社し自ら「仮設住宅」にころがりこみました家賃が
「ただ」だからです(笑)。
アルバイトをしながらの生活でほぼ毎日実業団のチームの練習に参加していました。月に水泳約50000m、自転車500~1000Km、ランニング約500kmのトレーニングをこなしていました。
最終目標である沖縄の宮古島大会で15位以内に入ることを達成したら(年代別一位の総合12位でした)完全に燃え尽き症候群が襲ってきました、もう自分のトライアスロンの能力の限界を知ってしましました。
三つ目の転機は
「知人の言葉」
です。ぼくはそのあと個人事業のようなことをやっていたのですが、超貧乏でアルバイトも並行しながらなんとか食いつないでいました、それでも父の仕事(電気工事業)をやる気には全くなりませんでした。
そんなときアルバイト先のアルバイト仲間の一人が私にこう言ったのです。
「二代目は先代のまねをしたり、単純に業務を引き継ぐだけの単純な仕事じゃない、引き継ぎ発展させて従業員の家族をまもり、取引先の業者を安心させる大変な仕事で、やりがいもある仕事なんやで・・・」
私の心に電気が走ったような言葉でした、「そうか・・・・」私はその時こう思ったのです
「今までは自分のやりたいことをやってきたしそれが自分の中での人生の形だったけれど、これからは自分が出来ることで家族や周りの方々のために人生を送ろう」
文章で見ると格好いいですが実際は大変な事だとあとから気がつきました。
私は数日後に先代の社長でもある父に「就職のお願い」をしに行きました。まだ父も母も半信半疑だったのでしょう、私には「中途半端な気持ちで来るな」とか心配をしてくれていました(笑)。
なんとか業務を引き継ぎ現在に至るわけですが、知れば知るほど電気は奥が深く、また無限大の可能性を秘めた業種で有ると感じています。父がこの業種の人間で有った事に感謝です。
まあ、ブログでは書けないような人生の転機も私には2~3有るのですが(笑)。
しかしこの「転機」というものはあとから「あ~あの時が自分の転機だったな~」と思うだけでそれをどうとらえて生きていくか・・・・・私が言えることはすべての「転機」は必然であったと思います。単純に電気のことだけをやりぬいて経営されている方もそれはそれで素晴らしいことだと思いますし電気という一つの事を中心に考えるとベストな人生だと思います。でも私はたくさんの経験が有ったからこそ今の場所に落ち着き有能な社員や素晴らしいお客様に囲まることができているのだと思います。
もしあの時・・・・トライアスロンに出会わずにそのままレールの上に乗った私だったら・・・自分の性格を知っているだけに「怖っつ」と思います(笑)。
こんな転機を迎えてきた私ですが・・・・・これからどんな転機が訪れるのか?
とにかく!今後もよろしくお願いいたします!!
最後まで読んでいただきありがとうございました!!