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2025.10.28 社長日記

仕事の楽しさ。外発的動機と内発的動機

私が、仕事が楽しいと思ったのは、なんと30歳を過ぎてから。

性格上、性質上「勤め人無理!」と思い込んだことから(なぜそう思ったのかわからない、無理ではなかったのではないかと今はおもうけど)個人事業を始めたときである。

当時、私は世捨て人街道まっしぐらであった。トライアスロンにのめり込みすぎ、のめり込むにも限度があるやろ!というくらいにのめり込み、アルバイト&練習という生活を数年続けた結果、私に残されたのはアルバイト時に身に着けた、木工や大工仕事の真似事だった。

個人事業はその延長で・・道具を中古工具屋さんで買いあさり、始めた。

作業場は知り合いの土地の中にあった「掘っ建て小屋」床は土・・・(笑)

その一歩を踏み出したきっかけは、友人のお母さまから、「キッチンカウンター下のデッドスペースに棚を作ってほしいの」というご依頼。

一週間ほどで、今思うと高校生くらいが仕上げる工作のようなできばえだったとおもうけど、当時は一生懸命に作った。ドキドキしながら据え付けまで一人で行った。持っていた電動工具は、なけなしのお金でホームセンターで買った、丸鋸と、2流メーカーの電気ドライバードリル。取付が完了すると、友人のお母さまからは「まあ!素敵ね!ありがとう!」とすごく喜んでいただけた。その上、すべての工事費として2万円いただいた。当時の私には大金で「喜ばれた上にお金まで頂ける!」という喜びでいっぱいだった。今でも仕事は「たのしい!」という価値観の原点でもあるが、これも実は外的要因であると最近気が付いた。「喜んでいただく」という事は、まだ外発的動機付けなのだという。外発的動機付けは、いつの日か慣れてしまい、下手をすると内発的動機を阻害する要因にもなりうる・・・、「褒めて欲しい」もこれにあたる。

では、仕事において、内発的動機付けとは何なのだろうか?

私の解釈では、人知れず、人々の生活(人生)の役に立ち続けているという事を感じる心を持ち、周囲の人の存在に感謝が出来ていて、更に自分が仕事でも人としても成長し続けていることを実感できることではないか・・・。

あっているのかどうかは置いておいて、私心を少しずつ減らし、人に与える人生を送れることが、そういう人間になりたいと思うことが、最も強烈な内発的動機付けになるのではないか。私たちが小さいころ、地球の人々を救うウルトラマンや仮面ライダー、児童養護施設の子供たちの為に戦うタイガーマスクにあこがれたのは、そういう事だったのではないだろうか・・。

我が社の社員が「誰かのヒーローであり続けたい」と思う人間集団に、なっていくと考えただけで、素晴らしく、嬉しくなるのだ。

松本 晃幸拝

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