お知らせ

2024.07.29 社長日記

ルーツを訪ねて➃ 母の故郷 大分県へ  中津 ・・・

九州一泊目は中津の駅前にあるホテルに宿泊することとしました。

今回は、父と母の実家やお墓をめぐり、自分のご先祖様がどんな方がいらっしゃって、どんな人物で、何をされていたのかを知る旅なわけですが。

母の実家があったのは中津・・・大分へは何度か来ていますが、高校生くらいの時に来た大分は男子全員ヤンキーでした。関西では当時すでにヤンキーブームは去っていたので、ギャップを感じましたが・・・・(笑)。

中津駅に到着してなんだか、懐かしい感じと新しい感じが入り混じったところだなと感じました。町としてはちょっと元気ないかな?という感じ。

今回は、商売人でもあった祖父が構えた大豪邸の跡地を訪ねたかったのです。    話だけは良く聞いていたのですが。「家の中に道が通っていた」とか「泥棒がしょっちゅう入るものだから、駐在さんが一緒に住んでいた」とか・・・とにかくこの目で母が通っていた道や遊んでいた場所、祖父母が暮らした町、家がどのあたりだったのかを確かめたかったのです。

でも、祖父の商売は最後は破綻して、家は取られて、家族もそれぞれの道をいったのだそうです。つまり母は「お嬢様」から急に「ビンボー大学生」になったのだそうです。

しかし今回の旅で、現地に頼る親戚がいなかったので、母にきいた母の親友「ともちゃん」に先に手紙を書き、周囲の事を調べてもらっていたのです。地図に蛍光ペンでマークして「母の実家があった場所」「母が通った小学校~高校」を送ってくださいました。

それを元に散策しました。そしてせっかくだから初日にご飯をご一緒する事にしました。

「ともちゃん」には私がまだ幼いころにお会いしていましたが、あまり覚えておらず、再会と言っても殆ど初対面、「こんにちわ!!」って感じで、ほんとに元気な方でした。母の学生の頃の話を色々してくださいました。そして、兎に角お魚が美味しい!

そして、結局すべてご馳走になってしまいました。本当に感謝です。

当日のお昼に、母の実家があったあたりを巡ったのですが。

母の実家について「家の中に道が通っていた」というのは、小道を挟んで縦に長く家やら倉庫やら仕事場を構えていたのでそうなったという感じでした。しかしかなり大きな土地だったみたいです。しかし途中で段々縮小していったらしいです。最後は、祖父が政治家に入れ込んでしまったそうで、結果的に祖父は家を失う事になったらしいです。とても無念だったと思います。しかし、そのおかげで私達兄弟は西宮市で祖父母に育てて頂き、明治大正時代の価値観なども教え居て頂いていたのです。「お天道様がみているよ!」は今でも強烈に残っています。

そして、偶然にも母が美術部で「版画」を習った先生の展覧会が最終日であったので見てきました。これも何かのご縁かと思います。

母が通った小学校の校門 立派に残っていました。

母の実家から近くに中津城と神社があり、そこに福沢諭吉先生の「独立自尊」の碑がありました。図書館で調べると大正時代に建てられたそうです。

ここで幼いころ、母はこのあたりで遊んでいたのだろうなと思います。

中津城

遠賀町から中津市と充実した一日でした。

翌日は祖父の生まれた宇佐市へレンタカーで訪れます。

ルーツを訪ねてその⑤に続きます。

最後までお読みいただきありがとうございました。

(松本 晃幸)

一覧に戻る