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2024.07.13 社長日記

ルーツを訪ねて➂ 父の故郷福岡県

ルーツを訪ねて➂ 父の故郷福岡県

父の実家は遠賀郡なので、小倉で乗り換えて南へ下ります。小倉から数十分で遠賀駅へ到着。

叔母が車で迎えに来てくれ、そのまま車で5分の父の実家へ・・・。

駅は昔よりずいぶん近代的になっていました

 

遠賀川沿いにある父の実家へは駅から近くです。(実は高倉健さんの実家も近く)

早速、従妹と叔母さんとお話をしました。しばらくして従妹の兄弟も加わり私を入れて4人になりました。

「で、何しに福岡まで来たの?」の質問から始まりました。

私は、これまでの経緯を話しました。父。母への思い、祖父母を含めたご先祖様への思い。親戚への思い・・・。

兎に角、ご先祖様へ感謝の意を贈らせていただきたい旨、もしかしたら無念や苦しさを持ったまま亡くなったご先祖様への哀悼の意をお伝えしたいという事。

そうすると、叔母さんも従妹もすごく理解してくださった。近年亡くなった叔父さん(父の兄)の話、祖父の話、曾祖父の伝説などを伺う事が出来た。

思ったのは、人によって「その人」への思いやイメージが違うという事。若い時のイメージや噂と、お年を召してからのイメージや噂は大きく変わることも多い。

私も年齢を重ねて、成長した部分や反省した部分、相変わらずダメな部分も持っている。しかし、やはり人は改心し進化していく。若い時は比較的利己的ではないか、私はその最たるものだったという自信がある(笑)。

祖父と曾祖父に関してはやはり私の予測した通りの方々だった。そしてやさしさや、苦しみや、悲しみも少し感じ取ることが出来た。ここでは書けないが鳥肌が立つような話もあった。

後半はあ、わが家族の笑い話。亡くなった叔父さんと、兄弟の我が父が性格までそっくりな部分があった事。暫く対話させていただいた後は、ご先祖様が祀られている納骨堂のあるお寺へ、叔母に連れて行ってもらった。そこにいらっしゃる住職は私の父の年下の友達でもあるらしい。

体調がすぐれない中、ご対応いただき住職に少年時代の父との昔話を伺った。ここのお寺のお墓の整備などには建築業を営んでいた叔父が色々尽力してくれたのだと教えてくださいました。

その後、叔母と納骨堂へ伺いお線香をあげさせていただいた。

お昼、福岡名物の鶏飯をごちそうになった。

私は、父と今一つしっくりいっていない、本家と我が家が改めてお互いを認め合って仲良くしていきたい旨を伝えた。

僕たち従妹は、なぜか同じような運命をたどっていることが分かった。叔父さんの会社も建設業(土木)、私の父も建設業(電気)、しかも両方ともに破綻している。私も従妹も同じような思いをしながら再建してきた、最高売り上げも近似値、破綻時の売上高も近似値・・・・「これからは松本家が良くなるように情報交換や交流をしていきましょう」と約束した。

もともと、松本家は地域の名士だったらしく、大昔に近くのお寺に立ち寄った「空海様」をおもてなししたのは松本家だったという逸話や、松本家の先祖の一人が伊勢神宮の宮司となった歴史も伺った。その反面豪傑と呼ばれるご先祖様や親せきが多く存在しており、伝説の女侠「ドテラばあさん」は祖父の従妹らしい・・・。

まあ、この辺りは更に深堀する必要があると思いつつ、再開を約束して、今夜の宿泊地、大分県中津へ向かうべく、遠賀川を後にした。

※ドテラばあさん 筑豊炭田から若松港に鉄道が引かれる際、女性ながら、敷設工事の労働者を仕切った人物。

ルーツを訪ねて④へ続きます。最後までお読みいただき、ありがとうございます。

(松本晃幸)

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