2020.11.14 社長日記
昨日、若者サポートステーション(若者サポートステーション / くらし再建パーソナルサポートセンター / 若者支援相談窓口をはじめとしたキャリアブリッジの各事業を通じ、就労・自立を目指す若者や女性に対し、 企業・地域への橋渡しを行い、継続的な就労と幸福な生活を獲得することを目的に、 就労・教育・福祉・医療など各分野の専門家がチームとなり、個別的対応で「仕事」「進路」探しを応援しています)にて、就労に向けて準備をされている方々に向けてお話をさせていただく機会をいただきました。
自分の話は、毎回のように最後は「浪花節」になっちゃうのですが(笑)でもその内容は世の原則に基づく持論でもあると思っています。
「ジャンプ(垂直高跳び)するには、しゃがまないと高く飛べない」ここでいう『しゃがむ』は、人生においての困難であったり、何かの障壁の事を示します。
私がこの考えに至ったのは、自分の経験とやはり両親の影響だと思っています。
私の母は、高校まで超お金持ちの商売人の娘だった、大学に行く頃に祖父の会社は騙され破綻。そこから母の長貧乏生活が始まった。コッペパン一個で一日の食事を済ませたり、アルバイトは必ず夕飯付きにしてもらい、掛け持ちしたりしたそうです。お金がないのもあったらしいですが、遊びにも行かず、おしゃれもせず、時間さえあればデッサンに明け暮れていたそうです。「とにかく絵が好きだったのよ」。
母はその後、当時の最先端の職業「テキスタイルデザイナー」の道へ進みました。
父は、田舎の農家の出で、小学生の頃は体が弱くいつも寝ていたそうです。高校から剣道をはじめ、強くなり、その流れで東京の大学へ進学、『剣道に専念できるように』と、父はバイトなどを一切せず、実家が田畑を切り売りしたお金で大学を出たそうです。一日の稽古は、朝昼晩の3回、剣道をしたことのある方ならわかると思いますが、一階の稽古でへとへとになるはずです。その時の父の心境は「親父の喜ぶ顔がみたい」一心だったそうです。昔、次男坊はあまり可愛がられない傾向があったようで、次男だった父はその思いが強かったようです。
私はそういう話を聞いて育ちました、「いつの日か自分もそんな風に過酷な環境に身を投じて「強くなりたい」・・・しかしその機会は大学を卒業するまでありませんでした。中学高校ではふらふらふらふらしておりました。大学でも剣道そこそこに、ふらふらふらふら・・・。
大学卒業後、トライアスロンという本当に「好き」と言えるものに出会い、阪神大震災が起き、会社を辞めざるを得なくなったとき、ようやく「0スタート」の機会を得ることが出来ました。わくわくしまくったことを思い出します、不安もありましたが「わくわく」の方が100倍勝っていました、Offの日はアルバイトをしながら朝五時から夜までトレーニング、お金は治療代金やレースの費用に消えていきます、家族からの支援などあるわけもなく(笑)震災復興の仮設プレハブ住宅で「寒い暑い」を楽しみながら、彼女に時々小遣いをもらっていました。
数年間、好きなことをひたすら追求する生活でした。トライアスロンの選手として、指導者として、誇れるような実績を収めることが出来ませんでしたが、怪我や失敗も沢山して、そのおかげで、私は原理原則を学ぶことが出来ました。
今は経営のプロを目指し修行中ですが、勉強をしている中でも壁にぶち当たれば、当時のトライアスロンの原理原則に当てはめれば答えを導き出すことが出来ます。今思えばあの時「0スタート」で手に入れたのは、本当の意味で生きる力だったのかもしれません。
その考え方を教えてくれた両親に感謝しかありません。やはり、子は親の考えや行動を良くみていますね。私は二人の子供にこの原則を話したっけ??
覚えてません(笑)しまったかも・・・・。
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