2024.08.23 社長日記
大分県中津市でホテルに宿泊し、翌日に行く予定していたのは、祖父(母方)の実家がある、大分県宇佐郡。
今回の旅の前に、母方の実家を継いでいる「ひろきおじちゃん」に手紙を書きました。叔父さんは祖父のお葬式の時に私の実家にお泊りになったことがあり、そのお人柄は明るく、優しく楽しい叔父様でした。当時私は24歳くらいでした、叔父さん元気かなと思いながらお便りしたのですが、手紙を出した数日後電話がありました。
「南ですが(母の旧姓)・・父ひろきは昨年に亡くなりました。いまは、息子の私が一人で住んでいます。本家のお墓もご案内しますので是非お越しください」という事でした。
ホテル近くのレンタカーを借りて、向かいました車で40分ほど。
着くと、親戚の「よしみ叔母さん」が「良子姉ちゃん(私の母)そっくりやわ!」と私の顔を見ての第一声(笑)

実家を守ってくれているのは、祖父の兄弟の孫にあたり、わたしとは再従兄弟の関係になる。「ひろかずくん」。ひろきおじちゃんとの僅かな思い出話をして、近況などもはなし、今回の旅の目的もお伝えしました。
早速、ひろきおじさんも眠るお墓に参りました。

沢山の墓標の中から、戦争にいった祖父の兄弟の墓標を見つけた、この方は最後に教壇に立ちながら、最後はマカオで亡くなってと聞いている。そして横にお水をかけると、隠れていた文字が浮かび上がった。よしみ叔母ちゃんは「初めて知った!」と驚いておられた。
墓標の中に祖父が建立者となった墓標もあった。ここに祖父の墓は無い、しかし、母方のルーツを訪ねることが出来てよかったです(現在母方の家系図も作成中です)
このあたりで祖父は遊びや勉学に励んだと思うだけで、改めて、私の幼少期を支えてくださった祖父の事を、愛おしく思いました。
再会を約束して実家を離れました。
帰りに、耶馬渓によりました。

耶馬渓(やばけい)は邪馬台国説もある場所です。切り立った渓谷が美しいです。ここは、かつて険しい崖路があり、通りかかった旅のお坊さんが偶然にも滑落して亡くなっていく人の姿をみて、道を作ることを決意。手彫りで30年かけて作った道が今も残されています。

最後に、大分の生んだ福沢諭吉先生の生家を見学して帰路につきました。

今回の旅では、ご先祖様を知る事の大切さ、ご先祖様を考え、思う事、ご苦労を想像する事、志を想像する事がとても大事だと思いました。そして私には両家のご先祖様の志した血が流れていることも実感しました。
何のための会社経営なのか、何のための人生なのか、自分がなすべきことは何か。
やはり私は、社員を愛し、その社員と共に世界の平和の為に少しでも貢献する事、大きな力はないですが、少しでも貢献する事ではないか、と改めて思った次第です。
関西に帰ってから、神棚を設置しました。毎朝お水を替え、拝んでいます。
世界が良くなりますように
日本が良くなりますように
関西が良くなりますように
地域が良くなります様に
お客様が良くなりますように
取引業者さんが良くなりますように
電建が良くなりますように
電建の社員さんとその家族が良くなりますように
南家 松本家が良くなりますように
私の兄弟と家族が良くなりますように
私も良くなりますように・・・・
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
松本晃幸 拝