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  • 2013.07.20
  • 社長日記

皆生トライアスロン大会に参加して来ました!

12年ぶりにロングのトライアスロンの大会に参加して来ました。
大会は鳥取県の米子市皆生で行われた「皆生トライアスロン大会」です。
日本で初めて開催されてたトライアスロン発祥の地でもあります
個人的には毎年この場所で行われる「チャレンジアクアスロン大会」のボランティアで訪れています。

皆生の方々はホントに優しく心の美しい方が多いのです。日本海と大山・・・・素晴らしい自然のある町です。

私は12年前にこの大会のランニング20Kmあたりでリタイヤをしました。人生初のリタイヤです、完全に燃え尽きたのでしょう、歩いてゴールを目指すことすらしなかったのです、まだ元気なのに・・・・トライアスロンもその直後に辞めました。

あれから12年、ちょこちょこトレーニングはしていたものの、子供のちびっこトライアスロンの練習に付き合ったり、健康維持の為のジョギング程度でした。
会社を経営するようになり、不安定な状態を脱出するまで「トライアスロンのトレーニングなどとんでもない!」という状態でした。

昨年、大阪の舞洲であったショート(スイム1.5Km バイク40Km ラン10Km)の大会には参加しましたが全然だめでした。そして大阪マラソンは足が痙攣しながらのゴール・・・・自分ではそれでも納得していました。

それと並行して師匠である八尾さん(かつて実業団の監督で現在もご自身でクラブチームを作り運営されています)からお会いするたびに「まっちゃん、トライアスロンしなあかんで!」と言われていました・・・しかもロングの大会に出るべきだとおっしゃるのです、理由は
「それを成し遂げるためにやる練習、試合で苦しみながらももがきゴールする・・・それを見た自分の子供達、周りの人たちに勇気を与えれる、そしてそれはいつか自分にも帰ってくる」
でした。
その言葉とマラソン大会などでの自分の走れない姿・・・・・
だんだんそれが火種となり、皆生トライアスロンに出場しようと決意しました。

過去にこの大会には3回参加させて頂いており、8位 9位 とリタイヤという結果でした。
コースはスイムを皆生の海を3Km、バイクは大山を通りながらのアップダウンの厳しい145Km、ランニングは街中の歩道を主に使用しての42.195Km

大会は7月の14日、暑い頃に行われます。
交通規制も殆ど無く33年の歴史を数えるこの大会、ボランティアの方々やスタッフの皆さんの志の高さやこの大会を残していこうと言う熱意を感じる大会です。
この大会の為に新調した自転車、ウエットスーツ、ウエアー類、気分も高まります、練習は実質4月からスタート、正味3か月のトレーニングでしたから量も質も不安だらけです。
バイクは2000KM以上走れましたが、たびたび脹脛を肉離れを起こしてしまいランニングは練習出来ていない状態でした。

大会には友人と5人で車で向かいました、前日に現地入りして説明会と選手登録、海で試泳。当日の補給食などの準備をしてバッグに詰め、早目の就寝となりました

当日、起床は4時あらかじめ用意していた冷たい朝食を頂き5時にホテルを出発し現地へ・・・
現地ではバイクラックにバイクをセッティング、ストレッチをして、かるく泳いでスタートを待ちます。
スタート前には地元のオリンピアン小原さん(トライアスロンスクールを主催)が皆にエールを送り気分が高まります。
いよいよスタート!スイムは最近調子が上がってきていたのでスムーズでした、ラスト400mあたりで招待選手の藤原さんの横でおよいでいました、上陸は50番代・・・・・なかなかの好位置です。

バイクに入ると曇りの予報が外れて結構晴れてきました。バイクは好きな種目ですがそれゆえに自身の登坂能力の低下が気になるところです、この大会はアップダウンが多い大会で有名です。悪戦苦闘しながらも少しずつ順位を上げ、バイク終了時には27位になりました。
ランスタート!
「おもっ!」
身体の重さを感じました、かなりの疲労感でした、「抑えて行く」作戦でした、おさえていたのだと思うのですがそれ以外に「水分補給」をバイクの時点で失敗したのだと思います。

スタートして7キロあたりで既に意識がもうろうとしていました、眠気でした、脱水、熱中症の両方あったとおもいます、10キロ当たりのエイドステーションでは歩くのも出来なくなり、少し木陰で休ませていただく事にしました。

両脇、大腿部の付根、首のまわりに氷でボランティアの方が身体を冷やしてくださいました。遠のく意識・・・・・・
夢をみていました、多くのランナーが走りぬけていくシューズの音が聞こえていました。

夢の中でボランティアの方が「リタイヤしますか?」と聞いてきた瞬間に目が覚めました、時間にして5分ぐらい寝ていたのでしょうか・・・気分も良くなったので再度走りだしました、ボランティアの皆さんが拍手で送り出して下さいました。

氷をビニールに詰めてサンバイザーに挟んで後頭部を冷やし、アームカバーやウエアーのポケット、パンツの中にも氷を入れました。

折り返し・・・・「やっと半分」と思うのですがここからの距離はその二倍にも感じるくらい辛いです。
意識が朦朧としたり、シャキッとしたりを繰り返します、信号では止まらないと行けないローカルルールがあります、停まるたびにしんどくなります、エイドステーションでは高校生のボランティアが水を掛けてくれます「ありがとう」その言葉が素直にでてきます、そして尊敬すらします、彼等の中には「頑張ってください!」と声を掛けながらお辞儀をしていました
きっと彼等は僕らトライアスリートに敬意を払ってくれているのです、「やってあげている」のではなく彼等も参加して大会を造っているのです、かつて記録を追い求めていた頃には気がつきませんでした、ボランティアの中には明け方からほぼ徹夜でこの大会を支えていらっしゃるボランティアの方がいらしゃるのです。
そう、思っていると泣きそうになってきます、今までの自分の考え方の狭さを恥ずかしく思います。

信号で停まるたびに後続の選手に抜かれます、今回は悔しく無かったです、継続してトレーニングされてきた方々のその努力に心から拍手を送る自分がいました、自分は12年前にこの大会でリタイヤしたあとに競技としてのトライアスロンから離れました、今まで自分勝手に生きてきたから人の為に生きようと思いました。その時「トライアスロン=自分勝手な頃の自分」という絵ができてしまっていたのでしょう、今回の参加はそんな自分を捨てあらためて12年前の自分と会えたような気がします。

ゴールの競技場が見えてきました・・・・情けない事にその競技場の姿を見て頑張れる自分がいます、今度は見えなくても頑張り続けれる自分になりたいです(笑)
「必ず笑顔でゴールする」自分で決めた今回の目標です、良くても悪くても辛くても必ず笑顔でゴールすると決めていました・・

決めていたからではなく、最後の直線では勝手に笑顔になりました、心から嬉しく思いました。

ゴールテープが近づくと思わず手が伸びました
手がテープにかかると充実感と安ど感があふれました、そしてトライアスリートに再び戻れた喜びがありました。

走馬灯のようにあの日からの自分の人生がよみがえりました
芝生で寝ていると勝手に涙があふれてきました、自分の原点はやはりトライアスロンだと思いました。

かつて、この大会の役員でもある「野嶋さん」が僕に話してくれた事を思い出しました。

「皆生は再生神話の場所、トライアスロンも人生をやり直す人が結構やってる・・・この場所には不思議な力がある」

私は再び人生の再スタートを切れたような気がしています・・・・・

皆生!ありがとう!!!!

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