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現場ブログ電建の日々の活動や電気工事の様子をお伝えします

  • 2014.02.07
  • 社長日記

若林君が教えてくれたこと

年が明けてから、忙しくてすっかりブログをさぼってました。すみません

年が明けて1月の終わりに若林君という古くからの友人がこの世を去った。

彼との出会いはさかのぼること20年ほど前になる

以前兵庫県に有ったトライアスロンの実業団チームの監督の大学の後輩にあたる彼が友人と二人で練習に訪れた時だった。
当時から彼は熱い男だった、上手くいかない時はホントに悔しがり、上手くいけば最高に喜びを表現するような男だった。

その後彼は実家の「若林商店」を継いだらしい・・・・会社はおもに工具などの販売の会社、そしてトライアスリートの彼はその中に「自転車」や「ウエアー」を盛り込んだ。
私は結婚した頃はまだフリーターだった、実業団の練習生としてお世話になり、震災の仮設住宅に転がり込み、練習に明け暮れていた、そして指導者になって生活をするのが夢だった。
トライアスロンの指導をしていきながら収益を上げるために「クラブチーム」をつくり、一般のトライアスリートを指導しつつ、自分も含めてこれから上を目指す若者を集めて「選手」として育成していく場としていた。

しかし、いかんせんお金が無い、そんな中彼に相談してレース用のウエアーやポロシャツなどを無償提供してくれた、自転車のフレームはほぼ原価で提供してくれた。

自転車は最高だった、フレームの善し悪しで自転車の後のランニングが走れたり走れなかったりするのだが、彼に提供していただいたフレームは足にダメージをもたらさなかった。

そんな彼とフェイスブックを通じて再会した、彼は経営者として経営を真剣に考え学んでいた、ただ後で彼が既にガンに侵されていたことを知った。

しかし、FBで見せる彼の活動はまるで健康そのもの。私は「きっと治るタイプのガンなのだろう」と思っていた。
そして早く彼に恩返しをしなくてはならないと考えていた、しかしそれは叶わない事になってしまった。

亡くなる前日の夜中に監督からメールが入った
「まっちゃん!若林が危篤や!祈ってくれ!」

私は彼がチームのスポンサーになってくれた時の事をその夜に思い出していた、当時はまだ感謝など全然人に対して出来ていなくて、若林君に対しても全然その態度は出来ていなかった。
それなのに会った時彼は優しく声を掛けてくれていた・・・・

それを思い出すと自分自身に腹が立った。

二月に入りよく晴れた日に彼のお葬式が行われた、まだ幼いお子さんと若い奥様を残し彼は天国に行った。
最後のお別れで泣きじゃくる娘さんの姿が今も目に焼き付いている。

人が生まれてくるとき、亡くなる時、それぞれ出会いに必ず意味があるのだという。
もし、それが本当なら、彼は今この年の僕の為に出会ったのだろうと思う、それは監督から言われて知った彼のブログ 彼の会社のホームページ 僕自身が欠けている部分、求めていた答えがそこに有った。

彼の経営者としての信念や理念を僕が引き継ぐ事が僕が彼と出会った意味であり、彼への恩返しだと思っています。

彼のブログです。御一読を・・・

感謝!

http://blogs.yahoo.co.jp/score_tools/67112864.html

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